東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2086号 判決
谷口主事が昭和四八年一月五日以降同年四月二日に至るまでの間本件建築確認通知をなさなかったこと(以下「本件確認の留保」という)の適否について判断する。
(一)1 法(編注―建築基準法)六条三項により建築主事の確認の対象となるのは、当該建築計画の関係法令適合性の有無のみであり、建築主事は当該計画が関係法令に適合している以上は、法の定める場合(たとえば法二九条、三三条など)を除いて、確認するか否かの裁量を有するものではない。従って、関係法令適合性を認める以上、建築主事が確認を留保することは原則として違法である。
2 次に、法六条三、四項が建築主事において確認又は不適合の通知をなすべき期限を、確認申請を受理した日から二一日(ただし同条一項四号の建築物については七日)と法定していることについて検討するに、法が右のような期間制限を設けた趣旨は、およそ建築物は国民の日常生活あるいは営業活動等の基盤をなすものであり、建築の自由は基本的人権に属しているから、建築確認の制度を設け、しかもこれに違反する者に対しては罰則(法九九条一項二号)をもって臨み、右の自由を規制する以上、右手続に要する期間は確認の事務処理のため必要不可缺なものに限られるべきものとしてこれを法定し、建築主事が右期間内に確認申請についての応答を迅速にすべきことを求めているのであると解される。そして右応答期限を明文により画一的に定めているのは、建築時期の選択について、法はなんら規制をしていないから、国民は建築すべき時期を自由に決定して着工することができ、しかも建築するに当っては、建築資金の調達、建築工事期間中の代替住居、営業場所の確保等を事前に準備・計画する必要があり、そのためには工事開始時期が前もって目途がつかなければならない、という実際上の必要をも配慮したものと解される。そして、以上の期間制限を設けた趣旨は、単に前述の法六条三項、四項における確認又は不適合の通知をなすべき期限の定めにとどまらず、法九四条二項に掲げる不服申立に対する裁決についても明文による期限の定めを設けていることにおいても現われている。
以上のところからすれば、法六条三項及び四項の期間制限の規定をもって単なる事務処理上の訓示規定と解することはできない。従って、右期限を超える建築主事の不作為は原則として違法である。
3 しかしながら、法六条四項後段が所定の正当な理由ある場合についていわゆる中断通知をなすことにより、右期限の延長を許容している趣旨に徴すると、右期限はあらゆる場合に例外を許さない建築主事に対する絶対的な期限とまでは解すべきでなく、建築主事が法定の期限内に応答しないことについて、社会通念上合理的、かつ、正当と認められるような事情が存する場合においては、中断通知をした上で、その事情が存続している間、応答を留保することは、これを違法ということはできないと解される(従って、中断通知がなされたというだけで、右の事情の存否にかかわりなく、建築主事の不作為をもって違法とならないとすべきものではない)。もっとも法六条四項後段に定める正当の理由は関係法令適合性の審査それ自体に関するもののみを規定しているが、以上にとどまらず、形式的には応答することが可能であっても、建築主事が直ちに応答しないことがむしろ法の趣旨目的からも社会通念上からも相当であると認められるような事情の存する場合には、同項に準ずる正当な理由があるものとして違法ということはできないというべきである。本件に即していえば、当該建築計画をめぐって建築主と近隣住民との間にいわゆる建築紛争を生じ、これを解決するための関係地方公共団体又は行政庁の行政指導(法は、申請にかかる当該建築物が関係法令に適合していることを確認することを通じて、当該建築物のみならず同建築物を含む附近一帯の住環境の維持向上を図ることを、その趣旨・目的としていると解されるから、前記紛争につき地方公共団体又は行政庁が両者の間を調整し紛争を解決すべく当事者の任意の協力のもとに行政指導をすることは、むしろ行政機関としてその責務であるといえる。)が行なわれている場合であって、その行政指導について当該建築主において任意に協力、服従していると認められる限りにおいて、建築主事が形式的に確認することが可能であっても応答を留保することは法六条四項に準ずる正当な理由があると解するのが相当である。建築確認の際における行政指導において、当該建築主の行政指導に任意に従う意思の有無がかように重視されるのは、ひつきよう建築主事の応答期限についての定めの趣旨・目的がすでに判示したとおりである以上、右意思を欠く場合は法の趣旨・目的に沿うものということはできず、法五条四項に準ずる正当な理由ある場合にあたるとはいえないからである。
被控訴人は、日照等環境保全を目的とする行政指導は法一条に基づくものであるから適法であるとして、建築主の任意の服従の有無を問わないもののように主張するが、以上によりその理由がないこと明らかである。また被控訴人に、右のような行政指導は日照規制の如き適切な法律規制の欠如を補いつつ行政目標を達成する応急策として是認さるべきであると主張するが、法の不備を補うため行政指導の必要な場合があることは一般論として肯認し得るとしても、本件の場合は、行政指導に対する申請者の任意の協力、服従があってこそその間の確認の留保が違法とならないのであるから、この点を除外して、行政指導の是非をいうべきではない。
従って右のような正当な理由がない限り、建築主事の不作為(確認の留保)は違法である。
(二) そこで、以上のような見地から本件確認の留保について検討する。
控訴人が谷口主事に対し昭和四七年一〇月二八日本件マンション建築確認申請をした前後から谷口主事が同四八年四月二日控訴人に対し確認通知をなすまでの間の経緯についてみると、被控訴人主張1(一)ないし(八)及び(二)の事実(原判決五枚目裏五行目から八枚目表六行目までと八枚目裏八行目から一〇行目まで)並びに同四八年三月三〇日、控訴人と附近住民との間で話し合いがつき同日開かれた都建築審査会において、控訴人の代理人である浅井和子弁護士は、「話し合いがついたので建築主事が確認処分をなすなら審査請求を取り下げる」旨、谷口主事において、「附近住民との話し合いがついたのなら確認する」旨それぞれ述べたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。そして、≪証拠≫によると、控訴人は、本件マンションの建築予定地で以前よりその系列会社である丸中木材有限会社が営業をしていたこともあって、本件マンション建築については近隣住民との間に日照等をめぐって紛争を生じないよう当初から気を配り、建築確認申請をする前から附近住民にあいさつ回りをするなどしていたのであり、前記のように被控訴人の紛争調整担当職員による行政指導が昭和四七年一二月以降行われてからは、附近住民と十数回にわたり話し合いを行ない、右職員の助言等についても積極的かつ協力的に対応するとともに被控訴人側の適切な仲介等を期待したこと、ところで、被控訴人は昭和四八年二月一五日に同年四月一九日実施予定の各地域ごとに建物の高さを制限する「高度地区指定」の告示案(以下「新高度地区案」という。)を発表し、右二月一五日以降の行政指導の方針として、いわゆる駆け込み申請等に対処するため、右時点で確認申請をしている建築主に対しても新高度地区案に沿うべく設計変更を求める旨及び建築主と附近住民との紛争が解決しなければ確認処分を行わない旨を定め、被控訴人担当職員は前記のように同年二月二三日被控訴人を訪ねた控訴人代表社員中谷健に対し右に沿う説明をなし、設計変更による協力を依頼するとともに、附近住民との話し合いを更に進めることを勧告したこと、控訴人としては、前記のように附近住民との協調を図るべく望んでいたところから、被控訴人側の行政指導に応じて住民との話し合いに努めて来たが、相当期間を費しても実質的な進捗を見るに至らなかった上、前記の新高度地区案が発表され、これを契機として被控訴人側から前記のような行政指導を受けたので、このまま住民との話し合いをすすめても新高度地区案の実施前までに円満解決に至ることは期し難く、その解決がなければ確認処分が得られないとすれば、新高度地区案の高度制度により本件建築について設計変更を余儀なくされ、多大の損害を蒙る虞れがあるとの判断のもとに、もはや確認の留保を背景として附近住民との話し合いを勧める被控訴人側の行政指導には服さないこととし、よって前記のように同年三月一日受付をもって「本件確認申請に対してすみやかに何らかの作為をせよ」との趣旨の本件審査請求を東京都建築審査会に提起したものであることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
以上の事実によれば、控訴人が本件審査請求をなす時点までは、控訴人は被控訴人側の行政指導に任意に協力、服従していたものと認めるを相当とするから、その間の谷口主事の確認の留保は正当な理由があって違法とならないと解されるけれども、右審査請求をなすことにより被控訴人側の行政指導に服さないとの控訴人の意思が明らかにされたと認められる以上、それ以降の谷口主事の確認の留保は正当な理由がなく違法なものといわねばならない。もっとも、前記のように控訴人は右審査請求後も住民との交渉を続け、その結果同年三月三〇日話し合いがついて右請求を取下げているのであるが、≪証拠≫によれば、控訴人としては、本件審査請求をなしたものの、実際問題として、被控訴人の前記方針のように住民との紛争解決がなければ確認処分を得られないとすれば、審査請求に対する裁決を待つのみでは、結局新高度地区案実施前に本件建築に着工できず、従って新高度地区案による高度制限を受けざるを得なくなる虞れがあるため、やむなく住民との話し合いをすすめて金銭補償をなすことによる解決をしたものであることが認められるから、被控訴人側の行政指導に任意に協力、服従したというものではないこと明らかであって、谷口主事の前記不作為の違法性に何ら消長を来すものではない。
(田中 宮崎 岩井)